会社設立で相続税対策は得?個人vs法人の節税シミュレーションと損益分岐点

会社設立で相続税対策は得?個人vs法人の節税シミュレーションと損益分岐点

相続税の負担を少しでも減らし、大切な資産を次世代にスムーズに引き継ぎたい。 そう考えたとき、「会社設立(法人化)」は非常に強力な選択肢の一つとして浮上します。

しかし、「会社を作れば必ず節税になる」というわけではありません。 状況によっては、法人化にかかるコストや手間が節税効果を上回ってしまったり、逆に税負担が増えてしまったりするケースさえあります。

私はこれまで多くの資産家の方やオーナー社長様の相続対策をサポートしてきました。 その経験から断言できるのは、「会社設立はあくまで手段であり、目的ではない」ということです。 お客様ごとの資産状況や家族構成によって、最適な「会社の作り方」は全く異なります。

この記事では、会社設立がなぜ相続税対策として有効なのかという根本的な仕組みから、具体的なメリット・デメリット、そしてプロの視点から見た「失敗しないための判断基準」までを分かりやすく丁寧に解説します。 ご自身の状況に照らし合わせながら、最適な対策を見つける手助けとなれば幸いです。

会社設立が相続税対策になる3つの仕組み

なぜ会社を作ることが、個人の相続税を減らすことにつながるのでしょうか。 そのメカニズムは複雑に見えますが、大きく分けると以下の3つの要素に集約されます。 これらを理解することで、ご自身にとって有効な対策かどうかのイメージが湧きやすくなります。

親族への所得分散による資産の移転

最も基本的かつ効果的なのが、所得の分散です。 個人で収益物件(アパートやマンションなど)を持っている場合、その家賃収入はすべて「所有者本人」の所得となり、個人の財産として蓄積されていきます。 これは将来的に、相続税の課税対象となる財産が雪だるま式に増えていくことを意味します。

会社を設立し、その会社で収益を受け取る形にします。 そして、配偶者や子供などの推定相続人を会社の役員にし、「役員報酬」として給与を支払います。 こうすることで、本来オーナー一人に集中していた所得を家族に分散させることができます。 結果として、オーナー個人の財産の増加を抑えつつ、将来相続するはずだった現金を、生前に「給与」という形で合法的に家族へ移転できるのです。

資産の評価額圧縮(個人資産から株式へ)

現金や不動産を個人で持っている場合と、会社を通して持っている場合では、相続時の評価方法が異なります。 個人が会社を設立して資産を法人に移すと、個人の手元にある財産は「現金」や「不動産」から「会社の株式」に変わります。

この「自社株」の相続税評価額は、会社の規模や資産内容によって計算されますが、一般的に個人の財産としてそのまま評価するよりも低くなる傾向があります。 特に、類似業種比準方式などの評価方法が適用できる場合、評価額を大幅に圧縮できる可能性があります。 つまり、同じ価値の実質的な資産を持っていても、形式を「株式」に変えることで、相続税の計算上の価値を下げることができるのです。

含み益に対する課税の繰り延べ効果

個人が所有する土地や建物などの資産価値が上昇した場合、売却すれば譲渡所得税がかかりますし、そのまま持っていれば高い評価額で相続税がかかります。 法人で資産を所有する場合、含み益に対する課税は、実際に売却するか、会社を清算するまで繰り延べることができます。 この時間を活用して、次の世代への承継計画をじっくりと立てることが可能になります。

数字で見るシミュレーション:個人vs法人

ここでは、不動産所得があるケースを例に、個人事業のままの場合と、法人化(資産管理会社設立)した場合で、どれくらい手残りの金額や税負担が変わるのかを簡易的にシミュレーションしてみます。

前提条件:不動産収入があるケース

  • 不動産収入: 年間3,000万円
  • 必要経費: 年間1,000万円
  • 不動産所得: 2,000万円
  • 家族構成: 本人、配偶者、子供2人

個人のままで相続を迎えた場合

個人の場合、所得2,000万円に対して所得税・住民税が課税されます。 日本の所得税は累進課税制度をとっており、所得が高いほど税率が上がります。 所得2,000万円の場合、税率は最高で住民税と合わせて50%近くに達します。 毎年多額の税金を払い続け、残った資金が個人の預金として積み上がり、最終的に最大55%の税率がかかる相続税の対象となります。 まさに「稼いでも税金、死んでも税金」という状態になりがちです。

会社設立(法人化)をして対策した場合

会社を設立し、所得2,000万円のうち、本人に500万円、配偶者に500万円、子供2人にそれぞれ300万円ずつ、合計1,600万円を役員報酬として支払ったと仮定します。

  1. 会社の利益: 報酬支払い後の利益は400万円となり、法人税率は低い税率が適用されます。
  2. 個人の税金: 家族それぞれが受け取る給与には「給与所得控除」が適用されるため、額面よりも課税される所得が低くなります。また、所得が分散されることで、一人当たりの適用税率も大幅に下がります。

年間で数百万円の差が出ることも

このケースでは、家族全体で支払う所得税・住民税・法人税の合計額が、個人事業の時と比べて年間で数百万円単位で安くなることも珍しくありません。 さらに、子供たちが受け取った年間300万円は、将来の納税資金として貯蓄しておくことができます。 10年続ければ、3,000万円の現金を無税(所得税は払っていますが、贈与税や相続税はかからず)で子供に移転できたことと同義になります。

法人化で得られる5つのメリット

シミュレーションで見た金銭的なメリット以外にも、会社設立には相続対策として多くの利点があります。

所得税と法人税の税率差を利用できる

個人の所得税率は、住民税と合わせると最大55%にもなります。 一方、中小企業の法人税率は、実効税率で約30%〜34%程度、所得800万円以下の部分についてはさらに低い税率が適用されます。 所得が一定以上ある場合、法人税の方が税率が低いため、手元に多くの資金を残すことができます。

家族への役員報酬で納税資金を確保できる

相続税対策で最も頭を悩ませるのが「納税資金の確保」です。 不動産などの現金化しにくい資産が多い場合、相続税を払うために物件を売却しなければならないという事態も起こり得ます。 法人化して家族を役員にし、給与を支払うことで、相続人である家族自身の口座に現金を積み上げることができます。 これが将来、相続税を支払うための原資となります。

生前贈与よりもスムーズに資産移転が可能

現金を子供に渡す方法として「生前贈与」がありますが、年間110万円を超えると贈与税がかかります。 役員報酬であれば、労働の対価として正当に資金を移転でき、贈与税の心配をする必要がありません(もちろん所得税はかかりますが、分散効果で低く抑えられます)。 毎年の贈与契約書の作成などの手間も省けます。

赤字の繰越控除期間が長くなる(最長10年)

不動産賃貸業などでは、大規模修繕を行った年などに大きな赤字が出ることがあります。 個人の青色申告では赤字を3年間しか繰り越せませんが、法人であれば最長10年間繰り越すことができます。 これにより、将来の黒字と相殺して法人税を節税できる期間が長くなり、経営の安定性が高まります。

生命保険や退職金の活用枠が広がる

法人は個人よりも経費として認められる範囲が広いです。 例えば、経営者の万が一に備えた生命保険の保険料を法人の経費にしたり、退職金規定を作成して、将来勇退する際に多額の退職金を支給したりすることができます。 退職金は税制上非常に優遇されており、会社にとっては経費になり、受け取る個人にとっては税負担が軽い所得となるため、最後にして最大の節税策となり得ます。

要注意!会社設立のデメリットとリスク

専門家として、メリットばかりを強調することは誠実ではありません。 会社設立には明確なデメリットやリスクも存在します。これらを理解せずに進めると、後悔することになります。

設立費用と維持コストが必ず発生する

会社を作るには、登録免許税や定款認証費用などで約20万〜30万円程度の初期費用がかかります。 また、設立後も税理士への顧問料や決算料、社会保険の手続き費用など、年間で数十万円以上のランニングコストが発生します。 節税額がこれらのコストを上回らなければ、法人化する意味はありません。

赤字でも法人住民税の均等割がかかる

個人の場合、赤字であれば所得税や住民税はほとんどかかりません。 しかし法人の場合、たとえ赤字であっても「法人住民税の均等割」として、最低でも年間約7万円(自治体により異なる)を支払う義務があります。

社会保険への加入義務が生じる

個人事業主で従業員が5人未満であれば社会保険への加入は任意ですが、法人は社長一人であっても強制加入となります。 社会保険料は会社と個人で折半して負担しますが、合計すると給与の約30%程度と決して軽い負担ではありません。 節税メリットを計算する際は、この社会保険料の負担増も必ず考慮に入れる必要があります。

小規模宅地等の特例が使えなくなる可能性

これは相続対策において非常に重要なポイントです。 個人で土地を所有し、その上に賃貸アパートを建てている場合、相続時に「小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)」が適用されれば、土地の評価額を50%減額できます。 しかし、法人に土地を売却したり、建物だけ法人名義にして形式的な要件を満たさなかったりすると、この特例が使えなくなるリスクがあります。 特例による減額効果は非常に大きいため、法人化による節税効果がそれを上回るかどうか、慎重な検討が必要です。

税務調査での否認リスク(実態のない会社)

単に節税のためだけにペーパーカンパニーを作り、実態が伴っていないと税務署に判断された場合、法人格を否認され、多額の追徴課税を受けるリスクがあります。 「家族を役員にしたが、何も仕事をしていない」「株主総会を開いていない」といった状態は非常に危険です。 実態を伴った経営を行うことが大前提です。

「法人化すべき人」の判断基準

では、具体的にどのような人が会社設立を検討すべきなのでしょうか。 私の経験に基づく目安をご紹介します。

課税所得が900万円を超えているか

一般的に、個人の課税所得(収入から経費と各種控除を引いた額)が800万円〜900万円を超えると、所得税率が急上昇し、法人税率を上回り始めます。 このラインを超えている方は、所得税対策としても、将来の資産蓄積抑制の観点からも、法人化のメリットが出る可能性が高いです。

相続人が複数いて資産分割が難しいか

不動産は物理的に分割することが難しく、相続争いの原因になりやすい資産です。 法人化して不動産を会社所有にし、財産を「株式」に変えておけば、株式数に応じて相続人に公平に分けることが容易になります。 「争族」を防ぎたい方にも法人化は有効です。

長期的な視点で資産管理を行えるか

会社設立は、短期的な節税策というよりは、数十年単位で資産を守り、承継していくための長期プロジェクトです。 会社の維持管理や株主総会の運営など、事務的な手間を惜しまず、次世代への継承を真剣に考えることができる方に向いています。

会社設立の手順と資産管理会社の種類

相続対策として会社を作る場合、どのような形態にするかが重要です。 主に以下の3つの方式があります。

不動産所有方式(最も効果が高い)

土地と建物の両方を法人が所有する方式です。 賃貸収入のすべてが法人の収入となるため、所得分散効果や資産移転効果が最も高くなります。 ただし、個人から法人へ不動産を移転する際に、譲渡所得税や不動産取得税、登録免許税などの移転コストがかかります。 これから新たに物件を購入する場合は、最初から法人で購入するのがベストです。

管理委託方式(手軽だが効果は限定的)

不動産は個人所有のまま、管理業務(清掃、集金、修繕手配など)だけを法人に委託し、管理料を支払う方式です。 不動産の所有権を移転しないためコストは安いですが、法人に移転できる所得は家賃収入の5%〜10%程度(管理料相場)に限られます。 相続税対策としての効果は限定的です。

サブリース方式(一括転貸)

個人所有の物件を法人に一括して貸し出し、法人が入居者に転貸する方式です。 法人には家賃収入の15%〜20%程度の利益が残るように設定するのが一般的です。 管理委託方式よりは所得移転効果が高いですが、不動産所有方式ほどではありません。

株式の保有者は誰にするべきか

ここが最大のポイントです。 相続税対策として会社を作る場合、株主(出資者)は原則として「相続人(子供など)」にするべきです。 もし、資産を持っている本人が株主になってしまうと、会社の株式自体が本人の相続財産となり、株価が上がれば相続税も増えてしまいます。 子供に現金を出資させて株主になってもらい、会社の資産価値(株価)が上がっても、その恩恵はすべて株主である子供のものになるように設計するのが鉄則です。

失敗しないための専門家活用法

会社設立による相続税対策は、税法、会社法、民法(相続法)が複雑に絡み合う高度な分野です。 ご自身だけで判断して進めることはお勧めしません。

相続と法人税の両方に強い税理士を選ぶ

税理士にも専門分野があります。 法人の決算は得意でも相続税は詳しくない税理士や、その逆もいます。 このスキームを成功させるには、「法人の税務」と「個人の相続・資産税」の両方に精通している税理士を選ぶことが不可欠です。 ホームページなどで「資産税」「事業承継」などの実績が豊富な事務所を探しましょう。

適切なタイミングでの相談が鍵

相続が発生してからでは、会社設立による対策は間に合いません。 また、不動産を購入した後よりも、購入する前(契約前)に相談することで、個人で購入すべきか法人で購入すべきかのシミュレーションが可能になります。 「そろそろ考えようかな」と思ったその時が、相談のベストタイミングです。

まとめ

会社設立を活用した相続税対策は、所得の分散、資産の評価減、納税資金の確保など、非常に多くのメリットをもたらす可能性があります。 特に、一定規模以上の不動産収入がある方や、将来の相続を円滑に進めたい方にとっては、検討すべき価値のある選択肢です。

しかし、コスト増や特例の不適用などのリスクもあり、万人に適した方法ではありません。 成功の鍵は、ご自身の資産状況に合わせた綿密なシミュレーションと、正しい会社設計(株主構成など)にあります。

私たち専門家は、お客様一人ひとりの状況を分析し、最適なプランをご提案することができます。 大切な資産をしっかりと守り、次世代へつなぐために、まずは一度、相続と法人活用に強い税理士へご相談されることを強くお勧めします。